Chokei's talk  長寿の邦 対談3



ウチナーの肝心

大城立裕氏
(芥川賞作家)

with
吉田朝啓
(医師、公衆衛生学)


人の生き方と深く関わる言葉


吉田 対談の形で、お話を伺います。
小説をお書きになるときの筋書きや
起承転結などなしで、
むしろ一言二言の面白さを色々お話下されば、
うまんちゅ(みなさん)が目からいろんな鱗が
ポロポロ落ちるはずで、
愉しみなんですよ。

大城 そうなるといいですね。

吉田 久しく沖縄は長寿だと言われていますね。
十年以上前から長寿、長寿と言われていて
数字上はなるほどそのようですね。

数字で言うと平均寿命というのがあって、
今年生まれた赤ん坊が
これから期待できる平均余命という意味です。
どれぐらい生きられるかという
平均余命の計算式がありまして、
その数式を赤ん坊に当てはめると、
この子たちが何歳まで生きられるか、
を今の世代の大人の尺度で計ったのが
平均寿命、ゼロ歳の平均余命。

したがって現時点でのその民族の、
社会全体の平均寿命ということになるわけです。
それから計算すると、
日本で男が七十七ぐらいですか、
女が八十四歳くらいになっている。

年々更新して行きますけど、
その中で沖縄が全国トップだということになっています。
日本が世界一ですから、
沖縄は平均して世界一の長寿を
キープしているということなんですね。

このことは分かっている人も多くなってきましたが、
ウチナーンチュ全般は知らないんです。
ましてやその原因となると、
ただ生きて長生きしているんだなあと思っている人が大勢いるんですね。



長寿の四つの原因


吉田 私はこの方面が専門で、
公衆衛生からみるわけですが、
よく考えて分けてみますと、
四つの長生きの要因というのが挙げられます、
もはや、この方面では常識となっていますが。

まず、最初は御存知のように気候がいいですね。
真冬でも一月、ニ月の月平均気温か十六度cなんですよ。
ところがこの十六度cというのは、
悪くいえば昔の風土病の温床となる最低限の温度なんです。

で、マラリアとかフィラリアとか様々な風土病が蔓延していました。
しかし、逆にいうと昔から、そして今でも、
真冬でもお年寄りが外で動けるということで、
草刈りをやったたり、孫の世話をしたりとか、
戸外の動きが保障されているということの両面あるんですね。
ウヤファーフジ(先祖)の代から、天から与えられたものですね。

二番目は我々が取り組んた疾病対策か成功したことですね。
戦後、数々の風土病ですね、
これを次々となくして、
今は西表のジャングルに行ってもどこに行っても
マラリアなどに罹ったりする恐れはないんで、
ほんとに伸び伸びと入れます。
ただハブだけは未解決です。

三番目は食文化ですね。
これも沖縄のユニークで長い伝統、
工夫の成果だと言われていますが、
琉球料理の異風にして特有な食材。
ミミガーとか、ラフテーとかアシティビチありますね、

それから昆布、豆腐とか決して豪華ではないが
楚々とした素材ながらも、
その採り方、料理の仕方が合理的だと言われています。

これもそう言われてみれば、
フランス料理や中華料理の豪華絢爛たるもとのと比べて
いかにもチマチマして、
島チャビ(離島苦)から出てきた結晶みたいな感じがします。

これが人の健康からいえば、
なんともいえず良いと言われていますね。
そして忘れてはならないのが、
今日、先生にお話をお願いしている精神風土といいますか、
人々の心の間あるいは根底にあるチムグクル(肝と心)の世界。

これは眼で見ることはできないが、
先生が日頃お気づきになって、
恐らく「あれ」と思うことがキラキラあるんじゃないかと思いましてね。

それは人を脅かすとか追い詰める方向ではなくて、
活かす、あるいはもてなす、
あるいは人と人の間を潤すという感じのものぱかりとは言えませんが、
ほとんどそういうのを感じとるんですね、
われわれの世代では。

それがお年寄りが長生きする根本問題だと思うんですね。
その辺のエスプリを、ひとつよろしくお願いします。


長寿を包む精神風土

大城 私はよく「なんで沖縄は長寿かな」と聞かれると
「あんまりくよくよしないからじやないか」と言ったりします。

吉田 許す。理非曲直をきつく求めない。
何となく許す、という雰囲気がありますね。

大城 はい、許すんですよね。
精神風土、つまり色んな人間の生き方が、
私の分野で言えば言葉の表現になって現れていると思いますね。
言葉はその土地の人の生き方と深く関わっている。
沖縄の場合、私が日頃考えているのは、
共同体社会、要するに、人との付き合いがどうしても関わってくる生き方。
それは緊張を強いられる面と、
その逆との両面がある。

吉田 シマとかムラとかシキン(世間)とか色々ありますね。

大城 
それらの中では、価値観というかな
価値観の価値基準があんまり固定しないんですね。

吉田 儒教とか何とか縛られたあれじゃなくて。       .

大城 というふうなことを考えています。
まず、共同体社会ということではないでしょうか。
例えば僕はよくヤマト(本土=他府県)の人から
聞かれる質問があるんですよ。

沖縄に初めて来た人が土地の人と接触する上で、
まず「こんにちは」というあいさつ語を覚えたいというんですよ。
ところがね、「こんにちは」そのものが沖縄にはない。
ね、どうですか。

吉田 朝はお早う、昼はこんにちは、
あるいはこんばんは、もうそれしか言えないでしょう、
ヤマトグチ(大和言葉=標準語)で。

大城 まあ、士族社会(首里)では
「ウキミソーチー(起きられましたか)」
「ウユクミシェービリ(憩いなされ)」とありますよ。
ところが、農村社会ではそういう挨拶語はないですよ。

吉田 一般庶民の間では、はっきりしたものはないですね。

大城 道で会って、「こんにちは」はないんで、
それに代わるものとして「マーカイガ」という。
どこへ行くかでしょ。それで、久し振りに会った場合は
「ガンジューヤミ(頑丈か、元気か)」というが、
毎日会っていると「ガンジューヤミ」とは言わない。

吉田 初めて会ったときなどは、言い様がないですね。
身分が高い相手には
「チュウウガナビラ(今日もまた拝顔致します)」ですよね。

大城 「チュウウガナビラ」は元々日常語ではない、
あれは芝居言葉ですよ。
「グスーヨー(御衆よ)、チュウウガナビラ」と真喜志康忠などが言うでしょう。
あれは芝居でできた言葉、たぶん。
芝居用語というのがあるんですよ。

吉田 私も講演の始まりに、
うちなーぐちでやる場合は
「グスーヨーチュウウガナビラ」で、
まるで幕合いの司会者のあいさつですよ。
先生が冒頭におっしゃった、
シマとかムラとかには許しあった許容される
心のふるさとがありますね。
その中では改まって格式張った
日常のあいさつなんかいらない世界とみていいですか。

大城 そうなんですよ。
だけど道で会ったら何とか言わないといけないものだから、
「マーカイガ」と言うでしょう。
「マーカイガ」と聞かれて
相手も「ウママデ(そこまで)…」と。
「ウママデ」というとちっとも答になってないでしょ。
ところが相手はそう答えられて「アン、ヤミ(そうか)」と。
強いて言えば「トー、ヨーンナーイケー(じゃ、ごゆっくり)」
という程度ですよね。


「おばー」

吉田 お早うは早いおつとめですね、
と日本の場合は勤勉なイメージが出ますが、
沖縄の場合は、別に今日どうするかとか
次のフレーズを促すのではなくて間投詞的に。

例えばですよ、「おばー」あるいは「おじー」とこの一言言っただけで、
片手を挙げるだけで通り過ぎる風景が田舎にあるような気がして…。

大城 ところがね、この「おぱー」ね、
ここ最近十年くらいのうちに流行り出すようになったものなんだけれども、
昔はそう言ったか、私覚えていない。
地方にはあったかもしれないが…。

吉田 今でもいいんですが、「おばー」と一言言っただけで元気ですかと。

大城 ところが、「おぱー」そのものはうちなーぐちではない。
うちなーぐちは「タンメー」「ウンメー」、
農村なら「ウスメー」「ハーメー」。
「おぱー」はおばあちゃん、ヤマトグチですよ。
ウチナーヤマトグチというか、ヤマトウウチナーグチというか…。
私の考えではヤマトゥウチナーグチだろうと思うんだよな。
ヤマ卜グチから訛ったウチナーグチだと。

吉田 簡便化した…。

大城 そうそう。ヤマトグチ訛りのウチーナーグチですよ。
このヤマトウチナーグチは、近代以降、急速に増えてきたと思います。
近代生活の用語、例えば自動車、鉛筆といった言葉は、
物自体が近代に現れたから、
最初からヤマトグチで間に合わせた。
それだけではない。例えば「罰金」という言葉。
これを私たちは「バッチン」と言ってウチナーグチのつもりでいるでしよう? 

ところが「沖縄語辞典」によれば、
もともと「クァムチ」(科物)という言葉があった。
それが「バッキン」にひきずられて「バッチン」になった。
この類のヤマトグチ訛りはいっぱいあります。

吉田 ところで、この「おばー」、戦前はともかく、
最近は沖縄の中高年女性の存在感を表す面白い言葉だと思いますが。
どっしりと落ち着いていて、なにか自信にあふれている。
大橋英寿教授(東北大学社会心理学〕が、いみじくも指摘しているのですが
「沖縄のおぱーはウヤファーフジ(祖先)と
クァウマガ(子孫)を媒介しているという役割意識に満ちている」。
どこのおばーを見ても、なにかしら、頼もしい感じですよ。


共同体の中での表現

吉田 「アッチョーミセーミ」という言葉もありますね。

大城 歩いていらしゃいますか、と何でそんなあいさつがあるかと思うが、
ほかに言い様がないのだろうね。
これね、英詰のハーワーユーに似てるよね、いかがですか。

吉田 そういうことですね、肉体的ですね。
足をつけて、しっかりと踏みしめて、寝たきりにならずに
「歩いていらっしゃいますか」と直截的ですね。

大城 肉体的表現は多いですよ。
ついでだから言うと、「チム(肝)」。肝臓ですよね、 
これは心の、心は心臓だけれども、
心の代名詞として「チムLは使われていますよね。

それに付けて「チムジュラサン(肝清らさ)」とか、
「チムヤムン(肝痛む)」とか、もういっぱいありますよね。
そういう表現法については後で触れるとして
この共同体の中での表現が特徴的です。
次にね、ウチナーンチュのおしゃべりには
代名詞がよく使われるということがありますね。

吉田 まだよく分かりませんが、例えぱ?

大城 「あれするよね」とか。

吉田 ああ、そういうことですか。

大城 「アリヤ(彼は)、アマウティ(あそこで)、クリソウタン(これをしていた)」、
「クリ(これ)」というときには手で動作を加えるわけですね。
職業の表現をする。日常的に気を付けてごらんね、
非常に代名詞が多いですよ。

吉田 そうですか、気づかなかったな。

大城 お互いによく知り合っている範囲内の言葉なんですよ。
あれ、これ、それ、で間に合うわけですよ。

吉田 「アガ夕(あちら)、クガタ(こちら)」、なるほど。
それはよほど距離が近くないと、
あるいは接触がないと誤解の恐れがたくさん出てきますよね。

大城 しばしばヤマトンチュに誤解されるというか、
どうも沖縄の人のあいさつの仕方はわかりにくい、
理解し難いというのは、これなんですよ。

お互い一緒に食事でも飲み会でもやってるでしょ。
それで中座する際に「私、帰りましょうね」と言うでしょ。
「帰りましょうね」と言うと相手も一緒に立ち上がる。
で、たとえばその外、起つ方が「いや、あんたはいいよ」と。
ヤマトンチュの場合、これがわからない。
自分に誘い掛けていると思う。
ところが、ウチナーンチユはそうじやないでしょ。
このずれは何だかわかりますか。

吉田 わからないですね。気持ちをみんなに残したまんま、ですか。
一緒に帰りましょうと促しているわけではないですよね。

大城 何で、帰りましょうねになったか。ヤマトグチなら、
「(私、お先に)帰りますね」だよ。ウチナーグチならどう言う?

吉田「ケーラヤー」

大城 「ケーラヤー」じゃないよ、「ケーラヰー」だよ。
ワ行のヰだよ。「ケーラヰー」なんだけれども、
どうして「ケーラヤー」に相当する「帰りましょうね」と言ってしまうかだよ。
私の解釈だけれども、「ケーラヰー」に相当する日本語がないわけですよ。

というより、「ケーラヰー」というのは相手に同意を求めている。
求めざるを得ないんだよな、ウチナーンチュの共同体意識の中では。

吉田 和を断ち切ったりすることへの遠慮、メイ アイですね。
許しを求める、やわらかに。

大城 だから自分の行動について同意を求める
その言い方がヤマトグチにはないんだよな。
「ヰー」と非常に発音の似た「ヤー」の訳語であるところの
「(一緒に)帰りましょうね」で代用しているんだよ。

「ヰー」と「ヤー」の違いはこれは
「ヰー」に相当する助詞が日本語にはないものだから。
「ケーラヰー」自体が沖縄の共同体社会の中で生まれた
生き方の言葉だから日本語にはないわけですよ。
だから「ケーラヤー」の訳語である「帰りましょうね」で代用してしまう。

吉田 これは確然と明記しておくベき言葉ですね。
微妙なちむぐくるの世界、
共同体の世界から出てきた非常に温雅な、たった一字だが、
結晶のような言葉ですね、「ヰー」と「ヤー」。
そういわれれば、そういう言葉使いがあったということだけは、
我々の世代でも分かりますよ。
「イチャリバチョーデー」というのも共同体社会の現れでしょうか。

大城 近いでしょうね。個人主義や身分意識の発達した社会では、
たといパーティーで同席しても、
第三者の紹介がない限り口をきかないことがあるそうですが、
沖縄の人は一面識ですぐ仲良くなる。
それを「イチャリバチョーデー(出会えば兄弟)」というんですね。

私の体験で、面白い現象があります。
同じ町内に住んでいると知っているが、挨拶したことのない人がいる。
この場合、町内といっても都市化しているからそうなるわけです。
その相手と偶然に外国で出会ったら、
すぐににこにこ挨拶する。
他国へ出たとたんに、二人で共同体を取り戻すんですね。


(「対談 長寿の邦」第三章より)



以下、単行本へつづきます
       ↓


推薦
TBSニュース23キャスター筑紫哲也

戦中・戦後の苦難、基地の重圧、低所得・高失業ーなのに何故沖縄は長寿世界一の地となりえたのか。
その秘密を、四人のその道の達人が文化論を交えて縦横に語った。21世紀を健やかに生き抜く知恵を伝授する書。

発行 長寿対談刊行委員会
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