Chokei's Okinawa Wars Column. 7

沖縄戦[一中生われら国士たるを期す]
初めて見る米兵



九州の疎開先で故郷の無事を祈る沖縄の子供たち
このなかにDr.チョウケイもいた…  



守禮門まで来たとき、
チョウケイは息を呑んで立ちすくんだ。

ハンタン山、城壁の近くでは数百人の男たちが、
黙々と、まるで蟻の群れのように
なにかの作業をしている。

ときどき怒声や号令が飛んで機材の音と交叉する。
男たちは、ほとんどカーキ色の軍服姿の兵士と朝鮮人らしい軍属。

中には白線一本の戦闘帽を被った
一中の上級生らしい学生、師範学校学生らしい青年もみえる。
とても中学一年生がブラブラと通り抜けるほどの隙間はない。

チョウケイは道を変えて当蔵大通りへ回った。
三年前に紀元二千六百年の提灯行列が通った首里の中央街路だ。
いまは人通りも少ない。

竜たんの岸を回って師範学校の裏へ出る。
学生は全員作業に駆り出されているらしい。
校舎は沖縄守備隊の兵士でいっぱいだ。

師範学校附属国民学校の校庭に楠の大木が一本亭亭と聳えている。
これだけが母校の思い出をやさしくつなぎ留めてくれる唯一のもの。
ホッとして歩み寄ったチョウケイだったが、
その樹の根元に縛られている異様なものを見て、またまたびっくり。
それは、生れて初めて目にする
白い顔のアメリカ兵だった。

楠の幹に後手に縛られてぐったりしているが、
チョウケイが恐る恐る近づくのに顔を上げて、
「ミズ、ミズ」と日本語で訴える。

上半身裸だが、ズボンの大きなポケットの形などから想像すると、
どうやら飛行兵らしい。
十月十日の空襲で撃ち落とされた米兵だろうか。

「鬼畜米英」などと教えられ、
アメリカ人は牙をむき出した鈎鼻の鬼か、
毛むくじゃらの野獣のような人種と
思い込んでいたチョウケイにとつて、
意外にも、この米兵は端正な顔立ちの若者だった。

母親に育まれた博愛・慈悲の心と
皇国少年として鍛えられた敵愾心とが
胸の中で急にごっちゃになって、チョウケイは混迷した。

ルーズベルトやチャーチルの似顔絵を描いて、
木刀で突いたり靴で踏みにじったりして
皇国少年の闘争心を鍛えたつもりであったが、
十三歳の少年の心は、
まだまだ国家が期待するほど猛々しくなってはいなかった。

「ミズ」といったまま
再びがっくりと首を垂れたその米兵を見て、
チョウケイは駆け出した。

主事(校長)室を抜けるとすぐ裏に学校給食の炊事場がある。
校舎内も大勢の将兵が右往左往していたが、
その間をすり抜けて傷だらけの琺瑯のコップー杯の水を運んだ。
米兵は、カッと目を開き、
差し出されたコップに噛みつくように水を飲んだ。


(以下、単行本へつづきます)


〔チョウケイ少年黒潮を渡る〕
第ニ章 森の町首里「鉄の暴風前夜」より




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