Chokei's Fusato Column. 3
我は海の子 泡瀬の子
タンナファクルー for ever…
幼い頃、家の近くにマチヤグァーがあった。
なんの変哲もない戦前のありふれた雑貨店で、
当時の生活必需品のあれこれが
間口二間の店先に並べられ、
薄暗い店の奥には米・味噌・食用油や缶詰類が
ほどほどに備蓄されてあるのが見えて、
近隣のお客さんの日常の需要には
充分に應えられる頼もしさが感じられた。
しかしながら、
私たち子供にとっての関心は、
糠味噌臭い物品ではなくて、
店の端っこに並んでいる
ガラス瓶の中の駄菓子のいろいろであった。
タンナファクルー(玉那覇黒=黒糖入りの偏平な菓子)を筆頭に、
ビガー、ハチャグミ、タッチリアメなどが、
宝物のように棚の上にあり、まさしく垂涎の的であった。
小学校の教師をしている両親の帰宅がいつも日暮れどきで、
年の差のある兄や姉は末弟の私を一人ぼっちにして遊び惚けて、
両親よりもおそく帰るので、
所在なくお腹をすかした私の夕暮れどきの溜まり場は、
いつもこの駄菓子の前の軒下であった。
夕日を背にして
遠くから近づいてくる母親の姿が目に入ると、
バネのように立ち上がり、
スキップを踏んで母親に突進していくんだが、
トップリと日が暮れても西の方に人影が現れない場合、
子供の胸の中では木枯しが吹き荒れ、
シトシトと小雨も降り出す。
寝ぐらを求めて飛んでいった鳥たちも、
いま頃は母親の胸の中に抱かれてヌクヌクと過ごしているはず。
犬も猫もそれぞれの住み家に戻って
背中を丸めてホッとしているところか。
「なのに、どうして僕だけ一人ぼっちなのか。」
無性に淋しく、腹立たしく、
母性喪失の悲哀を涙と共に噛みしめるのだった。
しかしながら、私の場合はむしろ幸運であった。
こぼれる涙と鼻たれを舐めなめしながら天を仰ぎ、
大地を蹴っ飛ぱしている私を見かねて、
いつもやさしくタンナファクルーを一枚そっと手渡してくれる人、
マチヤグヮーの小母さんがいた。
アンチョー(ふくらし粉)の入ったタンナファクルーに
涙と鼻たれの塩気が加わって、
得もいわれぬ味であったが、
あの有難い味覚の記憶はいまでも鮮やかである。
マチヤグヮーの小母さんの優しいことばと共に、
昨日のように想い出される。
〔チョウケイ少年黒潮を渡る〕
第一章 我は海の子泡瀬の子「タンナファクルーの思い出」より