Chokei's plants column






奇妙な名前の木、ガジマル。
琉球列島の人間だったら、
誰一人この植物を知らない者はいない。
それほど耳馴れた名前のありふれた木である。

街角に一本黙然と立っていたり、
ずらり街路樹として並んでいても、
地元の人はなんら関心を払わないし、
緑地帯の斜面に他の草木とごちゃ混ぜに
繁り合っている場合はなおさらである。
ただ一様に暗緑色の背景となって
静まり返っているだけのガジマルを人々は全く意識しない。

ところが、本土から初めて沖縄を訪れるヤマトンチュ(大和人)だと、
黒々と横たわるガジマル混じりの亜熱帯照葉樹林を眺めやって、
毒蛇・ハブのイメージをダブらせながら、
なにがしら鬱陶しく、近寄り難いものを覚えて
二の足を踏むということである。


「沖縄の森が、風にも揺れずにモッサリと生い繁っているのを見ると、
鳥肌が立つ」と、ある本土出身の女性が表現したそうであるが、
それを聞いて意外に思う一方で、
わからないでもないという気がしたものである。

蕭々と風に鳴る竹林、整然と並ぶ杉木立、
そして、柔かい日射しに透き通るような若草色の梢を
風にそよがせるブナやナラの林。
そのような温帯の森の柔和な趣に馴れている
ヤマトンチュから見た沖縄のガジマルは、
恐らく毛むくじゃらで不愛想な沖縄の男性にも似て、
取っ付きが悪いのかも知れない。

それでも、一年たち二年たつうちに、そのようなヤマトンチュも、
無骨な沖縄の樹木に次第に馴れてきて、
身近な種類、そして美しいものから草木の名前を覚えていくようである。

アカパナーは仏桑華かハイビスカス、
サンニンは月桃、ヤマカンダーは野朝顔、フクギは福木、
モクマオウは木麻黄、ソウシジュは想思樹などと、
カタカナ名から漢字まで覚えて、
ようやく琉球列島の自然と人間に親近感を持つようになる。

でも、最後にガジマルだけは当て嵌める漢字が見当たらず、
要するになぜガジマルと呼ぱれるのか誰に聞いても判らず、
不得要領のままこの奇態な姿の格樹と付かず離れずの
つき合いをすることになるのである。



ところで、「なぜガジマルと呼ぱれるのか」と聞かれて、
正しく即答できる人は地元にも少ない。
幼少の頃からこの木に馴れ親しんだ土着の人間にとって、
ガジマルは詮索する必要もないただの木でしかなく、
敢えてその印象を問われたら
「親父のたくましい腕、お袋の内懐のような雰囲気の植物」
としかいいいようがない。
とやかくいう対象にはならないのである。

でも、「ガジマルってなに?」と改めて問い質されると、
やはり一度は詮索してみたくなる不思議な木である。
Ficus microcarpa L.F.クワ科の常緑高木。

一般に低地や石灰岩地帯に生育して、
幹や枝から多数の気根を下垂させ、
それが地中に入ると太くなって支柱根になり、
四方に広がって大きな樹冠を形成する」とある。

そういえぱこの木、
谷間沿いの斜面か集落の温々しい窪地に填まるように生育している
のが常である。
風が吹き荒ぶ乾燥気味の土地よりも、
絶えず湿気を含んだ温暖な低地。
これがガジマルの好むスポットのようである。

さらに、この高温多湿を好むガジマルの大きな特徴が、
最近、大気汚染測定技術を活かして明らかにされた。
他の在来樹木に比べて
「水の代謝が極めて旺盛」ということが実証されたのである。

水の代謝、つまり地中の根や空中の気根から水分を吸って
木全体に分配し、末端の葉の裏にある気孔から水分を蒸散させる働き、
これが他の同郷の木に比べても格段に優れているという。

その故もあってか、見事に生育したガジマルの大木は、
保水性の高い隆起珊瑚礁石灰岩を抱え込み、
傘のような樹冠の蔭に風を誘い込む広々とした空間を持つものが多い。

一方、隆起珊瑚礁石灰岩についても、
最近そのユニークな内部構造が再評価されつつあり、
ただの無機物の固まりとしての岩石ではなく、
水や生物との係わりの中で
様々な働きをする効能があることが認められている。

珊瑚礁石灰岩を砕いて
汚水処理装置に活用するなどのアイデアも、
この石の内包する大小無数の空隙と
その莫大な表面積による吸着力に着目したからに外ならない。

隆起珊瑚礁石灰岩は、周知の通り、
太古の昔に、珊瑚虫がコツコツと海水中の炭酸ガスを取り込んで造り上げた
多孔質のいわぱ集合住宅の化石である。
それが琉球列島創成の過程で丘の上に押し上げられたものであるから、
もともとスポンジのように貯水性に優れている。

この“硬いスポンジ”の上に落とされた
野鳥の糞の中にガジマルの種子が含まれていれぱ、
いとも簡単に発芽し、細い根を岩の中の細隙に張り巡らし、
やがて岩山全体を抱え込むほどの
巨木になることは容易に想像できることである。


 盆栽にしてもそのまま絵になる

こうして、適所を得たガジマルは、
老熟するにつれて四方八方に伸ぱした枝から
褐色のヒゲを無数に垂れて、
次第にそれが太くなり、地面に達すると、
いよいよ太さを増して、
遂には本幹がどこにあるかさえ判らなくなるほどの
“支柱根の林”が出現することになる。

広い樹冠の下で進行するこの老ガジマルの生の営みは、
まるで大勢の子や孫に囲まれて
なお矍鑠(かくしゃく)と一族郎党を率いる長老の姿に似て、
凛とした風格をさえ感ずるものである。

人々が、その樹下にしぱしば御願所を設けてあるのも故無しとしない。



沖縄エッセイストクラブ
作品集21〔ゆい〕所収
1994年(平成16年4月1日)発行


上へ          次へ      花と緑のコラムトップへ

ホームへ

            

inserted by FC2 system