Chokei's plants column 1



            ゴールデンシャワー

沖縄に四季があるか、
と問われると、困ってしまう。
冬がかすかにあるようで、ないようで。

冬の象徴である雪、霜、氷が全く見られないことから、
沖縄には冬がないと言い切ってしまえば、気が楽になる。
正月頃に感じられるなけなしの冬が、
長い夏の前後にある春と秋に挟まれて、
極めて短い寒さの気分をもたらすばかりであるが、
やはり冬も算に入れて四季とする方が妥当のようである。

春夏秋冬とつぷやくだけで、
心に張りとリズムが生まれるようで楽しい。
四季それぞれに咲く花に導かれて、
一年を想い巡らせるのは、さらに楽しい。

正月の松が取り払われる頃、
沖縄本島北部からカンヒザクラ(寒緋桜)の開花が始まり、
次第に南下して沖縄本島中南部、宮古、八重山群島へと
花便りが進んで行く。


           カンヒザクラ

本土で、桜前線が鹿児島からスタートして
日本列島を北上するのとは異なって、
琉球列島ではカンヒザクラがなぜか南下するのである。
不思議な現象だが、その謎はまだ解かれてはいない。
いつまでも解かれないでおいてほしいとさえ思う。

また、沖縄のサクラは潔くないといわれる。
大和心のようにハラハラと散ることがなく、
ギリギリまで花弁が団結して、
最後にボテッと落ちる。
特に戦後にその傾向が強いと皮肉る人もいる。

本土に背を向けるように
南下して行くカンヒザクラの前線といい、
この集団自決型の落花といい、
沖縄の精神風土を反映したような天然の演出に、
やはり大きな地域の較差を想うのである。

やがて、花の散り果てるのを待ちかねるように、
浅緑の新芽を吹き出して
カンヒザクラの季節が過ぎる頃、
農村地帯を覆っていた銀色のキピ(甘蔗)の穂波が
膏薬を剥がすように消えていき、
製糖工場の甘い蒸気が拡散して、
二月に入ると、農耕地本来の土の色が戻る。

気温は、最も低い月平均で摂氏十六度となり、
沖縄の人々はあるかなしかの冬をむしろいと
おしむかのように、ありったけの冬物を厚着して、
ほんの涼し過ぎる程度の風に目を細めるのである。

ちょうどその頃、南米大陸から導入されて
すっかり定着した熱帯花木イペーが
ピンクと黄色の鮮やかな花を咲かせて、
北半球の早春を強調する。

ブラジルの国花とされるこのイペーの仲間は
ノウゼンカズラ科の高木で、
アマゾンのジャングル地帯の南端から
ボリビア、パラグアイの草原地帯にまで分布する
極めてポピュラーな花木である。

中南米に二十種以上もあるうち、
現在沖縄に導入されているのが五〜六種類。
花弁の組織の中に適当に微小な気泡が含まれているために、
陽光を受けると、
無数の小さな鏡となって反射して、
それぞれの色が輝くように鮮やかになり、目に痛いほどである。
地表面を飛び交う昆虫を梢に呼び寄せるための
高木ならではの巧まざる営みか。

三月に入ると、花の沖縄はにわかに忙しくなる。
山原(沖縄本島北部山地)の森には、
イジュの木やシャリンバイ(車輪梅)が
乳白色の花を数多く咲かせる山裾近く、
真赤なケラマツツジが秘めた情熱を疎林の中で表現する。

アオバナハイノキも一斉に薄紫の小花を無数につけて、
辺りに清楚な香りを漂わせる。
高貴な色とその香りを愛でて、
秘かにその増殖と普及に努めている
好事家も山原には少なくない。

里には山よりも早く春が来て、
菜の花、エンドウ、スミレ、タンポポ、アザミは、
むしろ花の盛りを早々に済ませて、
夏のための身づくろいを急ぐ。

野の花の類は、
茎や葉の形や色艶に特徴を見せるものが多い。
丘の斜面に春風が吹き抜けると、
ソウシジュ(相思樹)は小指の先よりも小さな花を夥しくつけて、
そうでなくてさえ黄色っぽい梢を
いよいよ黄色に染めて蜜蜂を呼ぶ。
ソウシジュはモコモコした木全体の普段の柔和な姿も美しいが、
花に彩られたときは更に女性的となり暖か味を増す。

ゲッキツ(月橘)は
シークヮーサー(ヒラミレモン)などの甘橘類の仲間で、
花の香りも咲く時期もほぽ同じ。
クチナシ(山梔子)のあとにこの二つが咲き終われば、
沖縄は四月に入り、
もうすっかり夏である。

フイリソシンカ(羊蹄木)がコチョウラン(胡蝶蘭)のような花を開いて
馥郁たる香りを辺りに漂わせる一方で、
パパイアが次々と新芽を出しながら伸長し、
クリーム色の花を下から順に開いて小粒の実に変えていく。


          フイリソシンカ

夏の終わりまでには赤子の頭より大きい実が、
垂ら乳根の母の姿そのままに、
重々しく生って南国らしい福々しい点景となる。

ヘチマ(糸瓜)とニガウリ(苦瓜)のつるは手当たり次第に物に巻きつき、
伸び上りながら節ごとに雄花を、
そしてやがて雌花をつけて、
指ほどの実をいつの間にか葉の裏につけるようになる。
食べ頃は、いつかと手でさするほどに、
イボイポつきの実は長く太くなり
やがて沖縄の郷土料理の世界へと出世して行く。

五月の中旬から六月にかけて、
季節は小満茫種に入り、沖縄の雨季となる。
すべての草木が、雨に打たれながら思い切り枝葉を伸ばし、
幹を太らせ、根を大地に張り渡す生々発展の季節である。

そして、六月の半ば、雷鳴と競うかのように、
糸満のハーリー鐘(爬竜船競漕のドラ)が鳴り響くと、
沖縄の梅雨はようやく開けて夏本番である。

すでに、高温多湿の中で用意されていた熱帯花木の花の蕾が、
照りつける太陽のエネルギーを受けて日に日にふくらみ、
次々と豪華に開いていく。

ゴールデンシャワー(ナンバンサイカチ)は
五十センチメートルほどの花序を小枝ごとに下垂させて、
黄金色の雨を降らせる。

冬の間、古い葉を振るい落として
枯木同然となっていたゴールデンシャワーの梢から、
その年の新芽が萌え出る直前に、
花の芽が一斉に吹き出して木全体を黄金色に染め、
辺りにおごそかな雰囲気をかもし出す。

陽光を受けて輝くこの花の下に佇むとき、
無宗教の人でもなんとなく神々しい気分になるから不思議である。
次に、ジャカランダ(紫雲木)が
ラベンダーブルーの小花を枝いっぱいに満開させると、
辺りはホノボノとしたノープルな雰囲気となる。


            ジャカランダ
盛夏。
デイゴ(梯梧)とカエンボク(火焔木)とホウオウポク(鳳凰木)が
大柄な真紅の花を樹冠に展開すると、
南国の激情が辺りを支配して、人間どもを圧倒する。

キョウチク卜ウ(爽竹桃)とサルスべリ(百日紅)が負けじと
暑さを印象づける一方で、テッポウユリ(鉄砲百合)、サンニン(月桃)、
ホワイトジンジャー(花生姜)、マダガスカルジャスミンなどが
暑中見舞をするかのように
涼しい香りを窓辺に届けてくれるのもこの頃である。

温度と湿度が高まると、
決まってヤコウポク(夜香木)が夕暮れの路地に強烈な芳香を流し

て人々の脳をしびれさせ、
雨の近いことを悟らせる。
薄緑の小さな花が秘かに夥しく用意されていることに人々は気付かず、
いきなり蒸暑と共に押し寄せる濃厚な香りにむせる。

昔、人影もない路地の奥から漂って来る芳香に
“女郎の怨念”を幻想した人々が、
ユーリーバナ(幽霊花)と名づけたともいわれる。
それほど妖艶な香りである。

八月。
子供たちが白い砂浜で水しぶきを上げて
夏休みの愉悦を発散させている頃、
屋敷の裏庭では、百箇以上の実をつけたバナナが、
つややかな長い幹をしならせて豊かな実りを見せつける。
甘みは、しかし、これからである。

陽の光はそのままに、
淀む空気もそのまま暑く重く、
酷暑が琉球列島を支配してしまう頃、
クサゼミ、アブラゼミ、クマゼミの順にセミの声が移ろっていく先で、
やがてニィニィゼミがかぼそくどこからともなく聞こえてくるようになると、 
“あゝ、夏が動いた!”と、ようやく気がつくのである。

草木の葉が、すべて色濃く、硬く、物憂げに。
カーンと聳え立つ入道雲もたじろがずに。
アカバナー(仏桑華)もユーナ(オオハマボウ)も、
ひたすら静かにさり気なく咲いては落ち、
散っては咲く日々を繰り返す。

九月は、中途半端なけだるい季節である.
それでも、遅れ馳せながら
若干の夏咲きの熱帯花木がそこここに花を開く。

キンレイジュ(金鈴樹)が
黄金色の釣り鐘を枝もたわわに咲かせて
路地裏の垣根に寄りかかる向こう側で、
オオバナアリアケカズラが門扉やパーゴラを占拠して
“秋まだし”を主張する。

十月に入ると、
さすがの太平洋高気圧も勢力を少し弱めて、
日射しにも、室内のカーテンの陰にも、朝夕の涼気が感じられて、 
“オヤッ”とおどろくようになる。

天高くサシバの群れが南を指して飛翔する頃、
ミーニシ(新北風)が街角にも降りて来て、
人々はようやく秋を確かに捉えて、ホッとする。

ところが、夏の間にたっぷりと
太陽エネルギーを貯えてきた熱帯花木や観葉植物の類が
用意万端整えられた展示会のように、
次から次へと鮮やかな色合いを見せてくれるのがこの頃である。

涼しい夜気の作用で色素が濃くなる故であろうか。
夏よりも色濃く、
典型的な姿となる不思議な天の配剤である。

ブーゲンピレアの花の色がいよいよ冴えて町や村に目立つようになり、
クロトン(変葉木)、ドラセナ(千年木)、アカリファなどの色ものが、
それぞれの彩りの魅力を最大限に発揮するのも夏ではなくて、
むしろ秋である。

そして、南米大陸の秘花トポロチ(卜ッキリキワタ)が登場する。
十月から十一月にかけて、
横綱のように大枝を真横に広げて直立する巨木が、
ほどほど落葉した梢に小指ほどの蕾を無数に用意する。


        トボロチ

十一月に入ると、
これらの蕾が日に日にふくらんで、
カトレアのように大柄で華麗なピンクの花が次々と開き、
しかもその花盛りが十二月の末頃まで、
ときに正月まで続くのである。

卜ボロチの花があでやかに咲く頃の沖縄は、
那覇の大綱挽に始まって、首里文化祭、各種の運動会、
美術展、芸能祭などのイベントで賑わい、
本土からはホヤホヤの新婚さんが
何千カップルも押しかける観光シーズンである。

その舞台を飾るにふさわしい熱帯花木トボロチは、
かつて日本列島に出現したことのない極めて美麗なピンクの花の色で、
これからも沖縄の人々に好まれて
津々浦々に増えていくと思われる。

この花木には、
南米大陸に活躍する沖縄出身移住者数十万人の望郷の念と
“ふるさとよ永遠なれ”と願う赤心が込められていて、
花の国際交流にも一役買っているという由緒ある名木である。

卜ボ口チの巨木が、
惜し気もなく樹下にその高価なランのような花を夥しく散らす頃、
梢に僅かぼかりの葉と二〜三輪の花が北風に震えるのを眺める時、
人々はようやく沖縄の花の大団円を実感する。
あとは、気忙しくクリスマスと年末年始の花の飾りが用意されるばかりだが、
そこで、ポインセチア(狸狸木)がひときわ赤く、
街や村に彩りを添えて、亜熱帯沖縄のフィナーレ宣言するのである。



沖縄エッセイストクラブ作品集
第13集〔新北風〕所収
1996年(平成10年4月1日)発行



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